COLUMNコラム

サーフィンについて感じたことや豆知識などなど
あんまり役に立たないことも書いていますが・・・

白いサーフボード

柴田哲孝さんの著書「白いサーフボード」を読んでみました。帯にもある通りこの本はサーフィン黎明期に日本で初めてサーフボードメーカーを作り上げた、高橋太郎さんの生涯を描いた唯一の書籍です。私の師匠である「福田マサオ」が強く薦めるので読んでみたわけですが、読み進めるうちに強い感動を覚える一冊になりました。

物語は主人公である高橋太郎さんが、サーフィンと出会い、試行錯誤(ボード製作についてもボードメーカーとしても)を繰り返しながらサーフィンブームに揉まれ、挫折を繰り返し、海を通して人生を見つめなおすというお話です。

高橋太郎さんがサーフィンと出会ったのは1960年、まだ日本人サーファーがいなかった頃に海外の雑誌を通してサーフィンの存在を知ることになります。もちろんサーフボードなんてどこにも売られていない時代。そんな時代に彼は「どうしてもサーフィンがしてみたい」という思いだけでサーフボード作りを始めることになります。最初はベニヤ板を飛行機の翼のように組んで、ペンキを塗っただけのボード。海に入ってしばらくすると水が入って沈んでしまうような、サーフボードとしては成り立たないようなボードでなんとか波にのることができた彼は、二作目、三作目と試作を繰り返していきます。ベニヤ板の上から新聞紙を重ね、ペンキやボンドで塗り固め、ようやく水の入りづらいボードを完成させますが、ある日湘南の海でウレタンフォームで作られたボードと対面し、今のサーフボードに近いものを試作することになります。

しばらくして、ウレタンフォームとFRPを使った本格的なサーフボードを制作するようになり、東京北千住で日本初のサーフボードメーカー「ダックス」を立ち上げることになります。

ダックス立ち上げからすぐ、第一次サーフィンブームが到来。高橋太郎さんもブームに乗り、そして人生の凋落を味わうことになり・・・

続きは書籍で読んでいただければと思いますが、とにかくサーフィンがしたい!という思いからボードのみならずメーカーまで立ち上げてしまう、そんな彼の人生に強いあこがれを覚えました。

果たして自分にあんな情熱があるのだろうかと。

あとがきを書いている師匠「福田マサオ」に、ほんの感想とともにたずねてみたところ

「あの頃のサーファーなんて馬鹿ばっかりなんだよ、とにかくやりたいことはやる。ただそれだけで生きてきたんだからさ」と簡単に片付けられてしまいましたが、その言葉の裏には今の時代にはない情熱をほのかに感じ取ることが出来ました。

「ないなら作ればいいじゃん」

そんな高橋太郎さんの軽い言葉が、重くのしかかる43歳の春なのでした。

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